その「辛さ」はどこから? 不妊治療との上手な付き合い方|小倉 智子 さん

2019.4.1

小倉 智子 さん
生殖心理カウンセラー。臨床心理士。京都大学教育学部教育心理学科卒業後、米国で児童や精神疾患患者の心理的ケアを行う。2005年から、不妊治療に関する情報発信などを行うNPO法人Fineカウンセリング・スーパーバイザー。自身のブログ「曇り時々雨、のち晴れますように」でも、不妊に悩む人たちにメッセージを綴っている。

辛さの正体が分かると、不安が和らぐ

不妊治療を始めると、多くの人は想像以上に大変な思いをするかもしれません。「大変」とは、つまり、辛いことがたくさん起こりうることを意味します。お子さんが欲しいのに、希望通りにはなかなか授からないから辛いのですが、その辛さには大きく3つの要因があると思います。

生殖物語の書き換え

生殖物語とは、自分が思い描いている家族像のことです。「子供は二人欲しい」「子供とキャンプに行きたい」というものから、「孫が生まれたらセーターを編んであげたい」、逆に、「自分は子供はいらない」というものまで生殖物語と言えます。不妊治療をされている方は、子供が欲しくても希望通りにはなかなか授からないことが多いので、思い描いていた家族像のシナリオを「書き換え」なくてはならないのです。

喪失

不妊治療を経験すると、多くを「喪失」する場合があります。無事に赤ちゃんが授かれればいいのですが、授かれなかった場合には、お金は勿論、時間、体力、他の予定、そしてもちろん授かるかもしれなかった赤ちゃん…。何より、自分の体は「普通」だと思っていたのに、そうではなかった、自然妊娠できない、皆と同じでない、という「自然」を失くすことは、自分でも気づかない間うちに大きな悲しみとして蓄積されてしまいます。

トラウマ

生殖物語を書き換えたり、喪失を経験したりすれば、自然と心は傷つきますよね。さらに、周囲の人たちからの何気ない一言。例えば「赤ちゃんはまだできないの?」「リラックスすればすぐにできるよ」「子供はいなくても幸せな人はたくさんいるから」など、周囲の人たちからの無理によってもたらされる孤独感は想像を超えるものがあります。

不妊治療に迷ったら…決断するための3つのコツ

不妊治療では、夫婦の関係性、夫婦の決断がとても大事です。夫婦が、仮にお子さんを授からない体(卵管が詰まっている、精子を作ることができない)でも、二人が「子供はいなくても良い」、と思っていれば、それは「不妊ではない」ですし、もちろん不妊治療は不要です。でも、子供が欲しいと思っても授からなければ、それは「不妊」になり、不妊治療を行うこともあるでしょう。だからこそ、二人の気持ちや価値観の足並みをそろえて不妊治療をするかしないかの決断をしなければならないのですが、これがとても難しい!男女で感じ方は違いますし、それぞれの気持ちも感情も違って当然です。でも、決めないといけない。そんな時、次の3つのことを知っていると、決断しやすくなるかもしれません。

生殖物語を語り合う

お互いの「どうして、子供が欲しいの?」を、お互いが知れば、不妊治療をする場合も、そうでない場合も、相手の意向を尊重しやすくなります。

「理解する」のではなく、「知る」だけでいい

お互いに相手がなぜそう思うのか、を理解しようとすると、時間がかかりますし、どうしても理解できないことも多々あります。不妊治療の際に迫られる決断においては、その必要はないのです(勿論、理解できれば最高ですが!)。「相手の気持ちを知っている」状態にとどまることが、かえって決断を促す場合もあります。

不妊治療には期限がある

現実問題として、女性の生殖年齢に関わる不妊治療は、永遠にできるものではありません。悲しいように思われるかもしれませんが、逆に言えば、今の苦しみも永遠に続くものではない、ということです。不妊治療の成功のいかんに関わらず、10年後、20年後は必ず違う人生があります。だから、10年後、20年後の自分たちが後悔しないような決断ができればいいよね、という視点を共有すると、少し楽に決断ができるようになります。

不妊治療に悩むあなたへ

不妊治療は、希望通りの結果が得られなかったり、周囲に理解されにくかったりと、辛さを伴うことがあります。でも、その辛い気持ちは24時間続くものではないはずです。おいしいものを食べたとき、TVでお笑い番組を見たとき、きれいな青空を見たとき、ふと感動することがありますよね。そういう、小さな喜び、笑い、気持ちよさを感じられる自分を大切にしましょう。それが元気の貯蓄となり、辛い気持ちに耐えられるようになります。

それでも、どうしたらいいのか、わからなくなったときは、一人で抱え込まず、パートナーや専門家のサポートを求めることも大事だと思います。