不妊治療はカップルにとって貴重な体験になる|河合 蘭さん
ご自身の出産や子育てを通して次々に沸き起こる疑問や好奇心を生涯の仕事にしようと決意し、自らを「出産ジャーナリスト」と名乗り取材活動を続けてきた河合蘭さん。医療従事者をはじめ、妊婦や不妊治療を受ける患者など、多くの周産期医療や育児の現場をレポートして32年目を迎えました。
ジャーナリストとして中立な立場を貫きながらも、ポジティブに物事を捉えてきたからこそ、不妊治療に対しても「カップルにとって貴重な体験になる」とエールを送ります。今回は取材を受ける側として、ネットで提供されるさまざまな不妊治療情報をどのように見極めるべきかなど、妊活や不妊治療を考える上で役立つヒントを教えて頂きました。
専門医が関わった記事から正しい情報を
―ネットで情報収集する際、正しい情報にたどり着く方法はありますか。
河合: 私自身、何か調べ物をするときにはネットで検索しますが、どういう経歴の人が書いているのか分からない情報サイトも多く見受けられます。妊娠や不妊に関することであれば、専門医の取材に基づいているか、あるいは専門医自身が書いているかなど、専門医が関係している情報であるかどうかをチェックすることが、1つのポイントです。さらに、「なぜ、その専門医なのか」まで書かれているサイトや記事なら、より安心です。そのテーマに適した専門家が関わっていることは医療記事の必須条件ですから。
それから、ネットの記事を色々と読んでいると、繰り返しでてくる専門用語が目に止まると思います。1つでよいので、その専門用語でネット検索をかけてみると、より信頼性の高い情報にたどり着けると思います。
情報は、国内だけでなく海外からも集めることができます。英語力は必要になりますが、欧米では医療施設のデータ開示が義務付けられていたり、科学的根拠に基づく情報が分かりやすく解説されていたりするサイトも数多くあるので、一度覗いてみると良いと思います。
もちろん、ネットで情報収集するだけでなく、より多くの手間や時間を掛けて作られる本を1冊読むことも重要だと思います。私自身、編集者と相談して企画を立てたり、取材対象者を決めたりして、取材中はしつこいくらい質問をします。一冊の本を書き終えてから数えると、30人前後の医療従事者に取材していることが多いですね。書いた原稿は取材対象者だけでなく、編集者や校正・校閲者の目を経て、世に送り出すという作業を繰り返してきました。複数の人の目を通すことで、本には信頼できる情報がまとめられています。ネットの口コミやSNSの情報に一喜一憂してばかりいると、誤情報に振り回され、妊娠のチャンスを逃してしまう可能性もあります。私の著書に限りませんが、良い本が一冊でもあれば、そこから学べることは、多いのではないでしょうか。
治療方針や考え方が自分に合う医療施設を選ぶ
―不妊治療を始めるべきか悩んでいる人に有効な判断基準はありますか。
河合:やはり、晩産化が進んだこの時代のアドバイスとしては、なるべく早く治療開始を決断することが大切だと思います。2人以上のお子さんを希望される場合は、特にそうです。それでも治療に踏み出せないというのであれば、自分で排卵日を推測するタイミング法のように気軽に始められることを1度は試して「やるだけやった」という気持ちになってから、本格的な治療に進むのも一つの方法ではないでしょうか。
不妊治療では、必ずしも正解があるわけではないということをよく理解しておくことも大切です。誰かにとってよかったことが、必ずしもそれが自分に合うとは限りませんし、常に正解があることばかりではありません。その点を理解し、自分に合うものは何かという基準で考えることで、納得のいく不妊治療ができるのではないなでしょうか。
―どのように病院やクリニックを選べば良いでしょうか。
河合: その医療施設や医師が有名か無名かなどではなく、自分に合うか合わないかの方が重要です。説明会で治療方針や考え方を聞いて、科学的な根拠のある話だったか、腑に落ちるものがあったかどうかで判断すれば良いと思います。なかなか妊娠しないと、特に妊娠できる時間が限られている女性は冷静な判断ができなくなり焦ってしまいがちですが、そういう時こそ男性の出番ではないでしょうか。二人でよく話し合い、良いと思える治療法や医療施設で一歩を踏み出し、いつも二人が助け合いを忘れないことが、最終的には幸せだと思います。
誤解を恐れずに言えば、不妊治療はやってみなくては分からない、というのが正直なところです。当然、医療施設は「成功」を目指して全力で取り組んでくれるものですが、何が正解かは人によっても違ってきます。ですから、治療を受ける側はあまり自分やパートナーを追い詰めずに臨むのが良いと思います。
パートナーとは、普段から何でも話し合える関係を
―不妊治療を行うに際しては、パートナーや職場の人たちの理解を得ることに悩む女性も多いと聞きます。
河合: そのような悩みを抱える女性は少なくありません。でも、私が取材してきた中には、人を巻き込んで協力を得るのが上手な女性もいて、そういう方は不妊治療の結果がどうあれ、ストレスを抱え込まずに乗り切っているように思います。
パートナーとの関係性でいうと、普段から何でも二人で話し合って決めるという「パートナー力」が高いカップルだと、妊活や不妊治療においても相手の協力を得やすいようです。同じことは職場での人間関係にも言えます。以前、予約困難なある不妊治療クリニックの予約を取るために、職場の仲間全員が協力してくれたという女性がいらっしゃいました。彼女は、普段からコミュニケーション能力に長け、上手に人を巻き込んで応援が得られやすい環境を自ら築いていたのでしょう。
―先ほど「幸せ」と仰っていましたが、納得のいく不妊治療とはどのようなものなのでしょうか。
河合:不妊治療を体験された多くの方たちを取材してきましたが、赤ちゃんが授かれたかそうでなかったかに関わらず、良い体験をされたと思っている方もたくさんいらっしゃいます。「弱い者に対する思いやりが持てるようになった」と話してくださる方が多いですね。不妊治療を通して、物事を見る視点が変わったことを自覚されたのだと思います。そうした変化を起こした人は、人にも自分にも優しく生きていけるでしょう。
不妊症の半分は男性にも原因があるというデータがありますが、原因がどちらにあっても、治療を受けるのは女性だけになることが多いです。普段から二人でよく話し合って物事を決め、不妊治療においてもパートナーと一緒に検査を受けること、どちらに原因があってもその人の責任ではなく、二人で乗り切ろうという気持ちを持つことが大切です。
不妊治療の結果は2年以内が目安と言われ、人生のすべてを不妊治療に捧げてしまわないように気をつけることは大切。でも、それは2年で治療をやめるべきとか、赤ちゃんは望めないなどという意味ではないと思います。不妊治療をあきらめたら自然妊娠したという人も何人もいますし、命は本当にわからないですよね。治療をしてもしなくても、子どもは常に「授かりもの」です。治療に疲れたら二人で気分転換に旅行をするなどして治療から離れて、改めて次のステップを考えるなど、リラックスして心に余裕を持つことを考えてみるのが良いかと思います。
不妊治療は命に触れ、命について考える特別な時間でもあるわけです。二人でよく話し合って納得のいく治療を受けることで、人生における貴重な体験だったと思える日が来るのではないでしょうか。
<河合 蘭さん>
出産ジャーナリスト。1959年生まれ。自身の出産、子育て経験から、26歳で出産、子育てを経験し、数々の疑問に対して、納得できる答えを得ようと、1986年から出産ジャーナリストとして活動を始める。不妊治療や新生児医療を中心に国内外で取材・執筆を行う他、命を迎える家族や医療現場を撮影し、フォトジャーナリストとしても作品を発表。『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」』 (ブルーバックス新書・浅田義正氏と共著)など著書多数。『出生前診断-出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で、2016年科学ジャーナリスト賞受賞。国立大学法人東京医科歯科大学、日本赤十字社助産師学校の非常勤講師